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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)97号 判決

原告(乙事件被告)

田村敏昭

被告(乙事件原告)

溝口博司

乙事件原告

溝口恵理

主文

一  原告と被告博司との間で、原告の被告博司に対する別紙交通事故目録記載の交通事故による損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  被告博司及び被告恵理の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じ、原告と被告博司間で生じた分はすべて被告博司の負担とし、原告と被告恵理間で生じた分はすべて被告恵理の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の請求

一  甲事件における原告の請求

主文第一項と同旨。

二  乙事件における被告らの各請求

1  原告は、被告博司に対し、金一四三万五二二七円及びこれに対する平成三年一二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告は、被告恵理に対し、金六〇万七八〇〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故の被害者である被告らが原告に対しそれぞれ傷害を負つたとして損害賠償を求める一方(乙事件)、原告が被告博司に対し同被告において右事故による損害が発生している旨主張しているとして右損害賠償債務の不存在確認を求めた(甲事件)という事案である。

一  争いのない事実など

1  (本件事故の発生)

別紙交通事故目録記載の交通事故が発生した(以下「本件事故」という)(争いがない)。

2  (原告の責任)

原告は、本件事故当時、原告車両を保有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから、本件事故について自賠法三条による責任を負い、また、前方の安全確認を怠つた過失によつて本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条による不法行為責任を負う(争いがない)。

3  (被告らの通院経過)

(一) 被告博司は、本件事故後、平成三年一二月二八日から平成四年三月二日までの間、飯尾病院に通院して治療を受けた(実治療日数三八日間)(乙二号証の一、二)。

(二) 被告恵理は、平成三年一二月二八日から平成四年三月一〇日までの間、同病院に通院して治療を受けた(実治療日数四二日間)(乙三号証の一、二)。

二  主たる争点

1  本件事故による被告らの受傷の有無

(被告らの主張)

被告らは、本件事故によつて、次のとおりの傷害を負い、前記のとおりの通院治療を要した。

被告博司につき、頚部捻挫、右第一趾部打撲傷

被告恵理につき、頚部捻挫、左側頭部及び左膝部打撲傷

(原告の反論)

(一) 本件事故は、原告が、原告車両を駐車させるべく、極めて低速度でいわゆる切り返しのための前進後退を繰り返していたところ、原告車両の前部がその前方に停車していた被告車両の後部にわずかに接触したという程度の事故であり、その際、原告が衝撃を感じたことはなく、被告車両が前方に押し出されたこともない上、両車両には損傷が生じなかつたのであるから、このような軽微な接触事故によつて、被告らがその主張にかかるような傷害を負うはずがない。

(二) 被告博司は、その尋問において、本件事故による衝撃の強さやその際の被告らの身体の動きについて色々と述べているが、それらは、いずれも力学的な説明や本件鑑定結果と矛盾しており、また、被告らは、事故直後には原告に対し何ら身体の痛みを訴えていなかつたのであるから、被告博司の前記供述は信用し得るものではない。

2  被告らの損害額

(被告らの主張)

被告らは、本件事故によつて前記傷害を負つた結果、それぞれ別紙損害表のとおりの損害を被つた。

(原告の反論)

交通事故によつて被告ら主張の各損害が発生したことは争い、各損害額の相当性も争う。

第三当裁判所の判断

一  本件事故による被告らの受傷の有無について

1  被告らは、本件事故によつてそれぞれ前記傷害を負つたと主張し、被告博司は、同主張に沿つて、要旨、「原告車両は合計三回にわたつて追突して来た。被告車両は衝突によつて多少前へ動いたし、自分は、前に少し動いて後ろに返つたし、右足の甲がブレーキペダルに当たつた。二回目と三回目のシヨツクが強かつた。助手席にいた被告恵理は、前に飛んで、ダツシユボード等に身体をぶつけた。事故後、被告車両のリヤバンパーが中に食い込むように凹んでいた。そして、自分は、首が痛く、気分が悪くなつたし、足の痛みのために歩行できず、仕事(廃棄物の収集運搬業)ができなかつた。また、被告恵理は、しばらく小学校を休むほどであつた。」旨供述しているところ、原告は、被告らの右主張と被告博司の供述内容を全面的に争つている。

そこで、以下、本件事故による被告らの受傷の有無について、検討する。

2  本件事故の具体的状況など

前記争いのない本件事故発生に関する事実と証拠(甲二、三号証、乙一号証、検甲一ないし七号証、鑑定結果、原告及び被告博司本人の各供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件道路は、交通量の多い市街地内に位置しており、本件事故現場は、同道路西行車線(五車線)の最も歩道寄りの車線上である。

本件事故当時、原告が原告車両を停車させようとした地点の前後には、前方(西方)に被告車両が、後方(東方)に他の訴外車両がそれぞれ停車していた。

(二) そして、被告車両には、運転席に被告博司(昭和二四年一一月九日生、当時四二歳)が、助手席に同被告の二女被告恵理(昭和五五年八月八日生、当時一一歳)がそれぞれ乗車していたが、被告博司は、ハンドブレーキをかけてチエンジレバーをパーキングに入れた状態で同車を停車させていた(被告両名ともシートベルト不着用)。

(三) 原告車両は、ワゴン型車であり、車長四・一〇メートル、車幅一・六四メートル、車両重量一三二〇キログラムであつた。

また、被告車両は、箱型車であり、車長五・〇九メートル、車幅一・八七メートル、車両重量一八四〇キログラムであつた。

なお、両車両のバンパーは、いずれも衝撃の吸収性の良い合成樹脂(ウレタン)製であつた。

(四) 原告は、本件事故前、被告車両と前記訴外車両との間の車両一台分くらいのスペースに原告車両を停車させようとして、被告車両の北側(右側)の位置から左斜め後方に後退し、前後方を見ながら、速度メーターの針が殆ど振れないくらいの速度で、徐々に原告車両を右スペース内に入れ、前進後退を五、六回続けて少しずつ切り返しを行つたが、前進した際には原告車両の前部が被告車両の後部にかなり接近することになり、その結果、本件事故(追突)が発生した。

(五) その直後、被告博司は、被告車両から降車して原告車両のところに近寄り、原告に対し、「二回も当たつたから許さない。謝れ。」などと申し向け、原告車両の停車を終えて同車を降りた原告と話し合ううち、人身事故扱いにするということになつたため、原告において警察に連絡を取り、駆け付けた警察官によつて原告車両と被告車両に対する実況見分が直ちに行われた(甲二号証)。

(六) 右実況見分においては、原告車両には損害がなく、被告車両には、リヤバンパー上部に払拭痕及び擦過痕(ただし、小さな線状のものが三箇所)があるとされた(以下これを「本件損傷」という)が、原告車両のフロントバンパー及び被告車両のリヤバンパーには外観上いずれも凹損傷はないとされた。

なお、原告車両前部のナンバープレートについては、その下部がやや後方に曲がつていた。

(七) 原告は、前記(四)のとおり原告車両の切り返し運転をしていた際、同車と被告車両が接触したというような衝撃を感じたことはなく、衝突音も聞かなかつた。

3  被告らの治療内容

次に、証拠(甲一号証の一、二、被告博司本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 被告博司について

被告博司は、本件事故当日、頚部痛等を訴え、飯尾病院に赴いて診療を受け、頚部捻挫、右第一趾部打撲傷と診断されたが、吐き気はなく、レントゲン検査でも頚椎に異常はないとされた。

そして、同病院においては、被告博司に対し、その後の通院期間を通じて、同被告の訴えに応じて対症的に湿布と投薬が行われたものの、カルテ上(甲一号証の二)、頚部捻挫については、その痛みの程度や運動制限の範囲を客観的に明らかにするための所定の諸検査が行われたことを示す記載がみられず、また、右足の痛みについても、当初の症状に関しては具体的な記載が全くみられず、圧痛のほかには、他覚的所見としては、わずかに、平成四年一月二七日(本件事故後約一か月後)の欄に、皮下出血様の色が残存している旨の記載がみられるにとどまつている。

(二) 被告恵理について

被告恵理は、本件事故当日、父被告博司とともに、飯尾病院で診療を受け、頚部捻挫、左側頭部及び左膝部打撲傷と診断されたが、レントゲン検査では頭部及び頚椎ともに外傷所見がないとされた。

そして、被告恵理も、その後、同病院において、被告博司と同様、被告恵理の主訴に応じて対症的に湿布と投薬を受けたが、カルテ上(甲一号証の一)、前記の諸検査が行われたことを示す記載はなく、他覚的所見としては、わずかに、平成四年一月四日(本件事故後一週間目)の欄に、左膝関節部に皮下出血がある旨の記載がみられるだけにすぎない。

4  鑑定結果の内容

鑑定結果と証人中原輝史の証言を総合すると、右中原は、それまでの自動車工学等に関する識見に基づき、本件事故について、前記2で認定した被告車両の本件損傷の部位と程度を中心に、両車両の重量、両車両のバンパーの素材、原告車両の低速度による切り返し運転の状況等をも検討した上で、原告車両が被告車両に追突した際の速度は時速一キロメートル程度の低速度であつたとし、被告車両が右追突によつて受ける衝撃は極めて軽微であり、被告車両の乗員の受ける衝撃もまた同様であつて、頭頚部過屈伸によるむちうち等の傷害が生ずる可能性はないと鑑定していることが認められる。

なお、右中原証言によれば、前記2(六)でみた原告車両前部のナンバープレート下部の歪形については、仮にそれが本件事故によつて生じたものであるとしても、被告車両の本件損傷の部位と程度に照らすと、右鑑定結果に何ら影響を及ぼすものではないとしている。

5  考察

(一) 以上に認定した本件事故による被告車両の損傷部位と程度、原告車両の運転状況と速度並びに前記鑑定結果によると、本件事故(追突)によつて被告車両に加わつた外力というのは相当軽微なものであり、したがつて、被告ら乗員に生じた衝撃の程度もまた軽微なものであつたというほかなく、被告ら主張のような傷害を生じさせるに足りるだけのものであつたとはにわかに解し難い。

さらに、被告らの訴える各症状については、前記認定のとおり、いずれも他覚的所見が極めて乏しいものであり、本件証拠上、前記診断結果を客観的に裏付けるに足りる事情を見出し難いといわざるを得ない。

そうすると、前記1でみた被告博司の供述内容については、以上のような事情に照らすと、他にこれを客観的に裏付けるだけの適切な証拠の存在しない本件においては、誇張があるというほかないから、直ちに採用することはできず、結局、右供述内容から、被告らが本件事故による衝撃に基づいてその主張にかかる各傷害を負つた事実を肯認するには至らないといわなければならない。

(二) なお、証拠(乙六、七号証、被告博司本人の供述)によると、被告車両の損傷に伴う損害については、平成四年一月、原告と被告博司間で、修理費用を金一九万八〇七九円等として示談が成立したことが認められる。

しかしながら、他方、前記乙七号証自体、被告車両の損傷の程度、内容を具体的に明らかにするものではない上、証拠(原告本人の供述)と弁論の全趣旨によれば、右示談は、原告の加入する自賠責保険の農協共済の担当者が被告博司と交渉の上、人損関係とは切り離して物損関係だけを早期に解決しようとしたものであることが窺われ、これによれば、被告車両の修理費用が前記金額であると見積もられた事実をもつて、右金額に見合うべき損傷が被告車両に発生していたと直ちに認めることはできないといわざるを得ず、右修理費用に関する事実は、これまでの認定判断を左右するに足りるものではないというべきである。

(三) そして、本件証拠上、他に被告らが本件事故による衝撃に基づいてその主張にかかる各傷害を負つた事実を認めるに足りるだけの的確な証拠はない。

二  結論

1  そうすると、被告らについては、その余の点に関して判断するまでもなく、いずれも本件事故による傷害の存在を理由として損害を被つたとすることはできないことに帰着する。

2  以上によれば、原告の被告博司に対する甲事件請求は理由があるからこれを認容し、被告らの原告に対する乙事件請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

交通事故目録

日時 平成三年一二月二八日午前九時頃

場所 神戸市中央区小野柄通七丁目一番一号先路上(以下「本件道路」という)

加害車両 原告田村敏昭運転の普通乗用自動車(以下「原告車両」という)

被害車両 被告溝口博司運転で、被告溝口恵理が同乗していた普通乗用自動車(以下「被告車両」という)

態様 原告車両が停車中の被告車両に追突(後方から接触)

損害表

第一 被告溝口博司について

一 通院交通費 金五万九二八〇円

ただし、タクシー往復料金一五六〇円の三八日分。

二 休業損害 金八七万五九四七円

ただし、休業期間を平成三年一二月二八日から平成四年二月二九日までの六九日間として、男子四二歳の平均給与月額金四一万〇六〇〇円によつて計算。

三 慰謝料 金五〇万円

(以上合計金一四三万五二二七円)

第二 被告溝口恵理について

一 通院交通費 金七八〇〇円

ただし、タクシー往復料金一五六〇円の五日分(被告溝口博司と一緒に通院した分を控除したもの)。

二 慰謝料 金六〇万円

(以上合計金六〇万七八〇〇円)

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